日本的雇用慣行における年功概念の再考

本ホームページは2021年度科学研究補助金基盤研究Cに採択された「日本的雇用慣行における年功概念の再考」(21K01916:研究代表者 吉田誠)の成果を公開するために設けられました。この時の応募にあたって提出した申請書類には次のような概要と研究目的等を記載しました(若干の修正あり。またリンクした資料は応募時の資料にはつけていません)。参考までに一読いただければ幸いです。

概要
近年、長期雇用および年功を特徴とした日本的雇用慣行の歴史的な成立時期をめぐって問い直し(戦間期説・戦中期説から戦後説へ)が積極的になされている。本研究においては吉田(2018)が新たに明らかにした戦後GHQによる米国の先任権制度の日本への移植および経営者側での一定の受容という事実を起点として、年功概念を戦前・戦中以来の封建的とする旧来的な見方を前提とするものとしてではなく、戦後的平等観の攻めぎあいの帰結として捉え、労働者の側からする年齢、経営側からする優秀な従業員の長期雇用、米国発の先任権という、 この3つのベクトルの合成から日本的雇用慣行における「年功」概念が確立し、またそれ戦後日本の労使関係上のアイデンティティとなっていったことを検証していく。

本研究の目的および学術的独自性と創造性
周知のように、米国の先任権(seniority:古参権や年功権と訳されることもある)とは、従業員を勤続の長さ(length of service)にもとづき順位付けを行い、レイオフ(一時解雇)やリコール(一時解雇からの呼び戻し)などについて勤続の長い者を優遇するという規則であり、20世紀中葉には米国における多くの労働協約の中にその規定が見られるようになり、現在にも続いている制度である。吉田(2018)は、この米国の先任権を、GHQが占領下の日本において企業や労働組合に導入しようと推奨していた時期があることを発見した。それは大規模な人員整理が不可避となりつつあった1940年代末期である。GHQは人員整理における恣意的な解雇が労使紛争を招来することを危惧し、先任権が客観的で公平であるとして、その導入を奨励したのである。また日本の経営側も新たな労務管理の基準としてこれを受け入れていく姿勢を見せた。限られた数ではあるが、1949〜1950年のドッジ・ライン下における人員整理基準を確認すると、それ以前には見られなかった「勤続年数の短い者」という形で先任権的規定が挿入され、また当時の労働協約に先任権を導入した事例もでてきたのである(資料1)。
 こうした結果としてドッジ・ライン下の人員整理では戦中から戦後にかけて採用された労働者が集中的に整理解雇の対象となり、戦前から勤続していた中高年労働者(定年真近の高齢者を除いて)が職場に残るという結果をもたらした。当時の調査では25歳以上で解雇された男性のうち82.2%が勤続10年未満の者、すなわち戦中・戦後に雇用された者と推計できるデータもある(労働省大臣官房労働統計調査部, 1950) 。
 日本的雇用慣行における長期雇用や年功を発見したのは、1950年代の氏原正治郎が中心となった京浜工業地帯調査(氏原, 1966)やジェームス・アベグレンの人類学的調査研究(アベグレン, 1956=2004)であるが、彼らの発見がなされたのはたまたま先任権の影響力の下で行なわれた人員整理の結果であった可能性がある。大規模な人員整理の直後であったにもかかわらず、彼らが日本企業に「終身雇用」的性格を見い出すことができたのは、そのドッジ・ライン下の人員整理には先任権が大きく影響力をもっていたがゆえに、勤続年数の長い中高年労働者が在籍していると見えたということである。また、氏原は「年功」的な職場秩序を見い出しているが、これも長期勤続者が残った後に朝鮮特需との関係で新たに雇われた短期勤続の労働者がその配下となったことで説明できよう。ただし、すぐに経営側の先任権の受容は失速する。勤続年数のみを基準として処遇制度を構築していく米国の先任権は経営側にとって望ましいものではないことが判明し、その事実も忘却されていった。
 以上が本研究の出発点となる。本研究において明らかにすべきは日本的雇用慣行における勤続年数の意義および登場である。雇用関係における「年功」概念を初めて用いたのは先述の氏原とその同僚であった藤田若雄である(野村, 2007)。この「年功」という言葉の「年」は年齢を指すのか、あるいは勤続年数を指すのか不分明である。あえて、これらの要素を分離せずに「年」に押し込んだとみてよいであろう。このため、その後の研究者は「年功」の「年」についてはその二つを区別せず、そのいずれかであれば「年功」としてきた。この曖昧性がゆえに、その後の日本社会に「年功」が受け入れられていった可能性がある。
 本研究では日本の労務人事管理において、従来の研究では「年功」と一括されてきたものを、年齢なのか、あるいは勤続年数なのかをあえて峻別するなかで、日本的雇用慣行といわれる「年功」概念が先任権移入の試みを契機として登場してきたのではないか、すなわちそのハイブリッドな性格を有したものであるかどうかを検証するということにある。アベグレンが日本的特質と見たところに、実はアメリカニゼーションの結果があったのかもしれないという歴史の逆説が存在しえるかどうかを究明したい。

参照文献
アベグレン,ジェームス(1958=2004)『日本の経営〈新訳版〉』 山岡洋一訳 日本経済新聞社。
氏原正治郎(1966)『日本労働問題研究』東京大学出版会
野村正實(2007)『日本的雇用慣行』ミネルヴァ書房
吉田誠(2018)「1950年前後における先任権の日本への移植の試み」『大原社会問題研究所雑誌』721号 61〜75頁
労働省大臣官房労働統計調査部(1950)『被解雇者実態調査結果報告』

2022年5月17日作成・公開
吉田誠(立命館大学産業社会学部 教授)
e-mail:makotoy"at"fc.ritsumei.ac.jp
"at"を@に換えてください。

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