2005年の日々の雑感
(それ以前のもの:2004年2003年2002年2001年2000年99年96年〜98年
  • 12/29 iPod nano 2G Whiteを衝動買い。普段、特に音楽を聞くわけでもないし、また職場と家が歩いて5分という環境なので、iPodなんて使う局面なんてほとんど考えられないのだが、随分と前から何故か気になっており、今日は物欲を抑えきれずに購入。家人には英語のリスニングの勉強をかねてということにしておいた。
     薄くて小さいが、思った以上に使い易く気にいった。大掃除の片手間、昔聞いたCDを取り出してきて、iTunesでしこしこリッピングしている。

  • 12/28 そろそろ仕事収めということなので本年発表した仕事をリストアップしておこう。興味をもたれた方は御一報ください。
    • 「1952年の全自の賃金要求:『六本柱の賃金』再考」『香川大学経済論叢』第78巻1号 1〜32頁 2005年6月
    • 「経営労務の動向」『2005年版 日本労働年鑑』第75集 法政大学大原社会問題研究所編 旬報社 148〜157頁 2005年6月
    • 「都市型産業集積におけるネットワークの再編」『横浜の都市型産業と市民コミュニティの両立に関する研究』(平成14年度〜16年度横浜市立大学研究奨励交付金研究報告書)257〜260頁 2005年3月(担当者が現物を送ってくれないので報告書の正確なタイトルは不明。問いあわせたら、どうも横浜市大改悪のゴタゴタの余波で送られてこないようです。リンク先のpdfファイルは原稿段階のものなのでページは変更されていると思います。)
    上記以外に、全自日産分会関係の論文を2本ほど書いたのですが、パブリッシュされるのは来年になります。さて、仕事収めとはいえ、そろそろ『労働年鑑』の原稿に着手しなければ。。。

  • 12/25 この連休はクリスマスとはいえ、特に何をするわけでなく終る。家族でどこかに出かようと思っても娘たちのピアノ関係の行事がこの連休中ずっと詰まっており、どうすることもできなかった。こんな時期に色々と行事を入れるんじゃねえと愚痴りながら、今日は自室の大掃除。2年前の引越し以来、手をつけていなかった書類の束をせっせと片付けたが、まだまだ終りそうにない。
    22日に行ったゼミ忘年会の模様をアップ。最後に「皆さん、よいお年を」と挨拶するのを忘れたかも。

  • 12/20 本日、2005年の講義が終了。ただ正月明ければすぐ再開なので、ほんの一息つける程度か。あと5回も講義が残っている科目もあるし。。。数年前までは12月も半ばになれば講義もあと一息という感じだったのだが、どうも最近はそれも許されないようで。

  • 12/17 今週もいろいろあった。日々の雑感として書きたいことは山程あるが、しかしつつがなく平穏に生きていくために敢えて書かないことを選択している。どこかに匿名ブログでも作って、日々の思いを書きちらしたいという誘惑にもかられるが、そんな無責任な言説をたれ流すのは卑怯だと思い踏みとどまっている。酒を呑んで愚痴るしかなさそうだ。小市民的萎縮である。
     9月に論文を投稿した某査読誌からアクセプト通知が届く。審査に時間がかかりヒヤヒヤしていたが、修正も求められることなく掲載されるとのことでホッとしている。

  • 12/6 東京出張から帰宅。大田区の町工場の視察でシェルパ役を無事務めることができ、安堵している。と同時に、今回もお世話いただいた工和会の方々に多謝。
    また出張にからめて前任校の元ゼミ生たちとも呑めたし、日産争議の地労委関係資料も入手できそうだということで、今出張は随分と充実したものとなった。

  • 12/3 今週は熱に苦しまされた。授業や行事が目白押しであったが、熱のためにいくつかの会議と演習を休ませてもらった。木曜日に有休をとり完全静養し、ようやく回復。昨日は、授業、演習、会議の全てをこなした。
     病みあがりだったが、如水会の高松支部の忘年会に参加。初めて如水会の催しに参加したが、20名程度の集りであったが、セシール社長、マルヨシセンター社長、石丸製麺社長などそうそうたる顔ぶれで驚いた。また、先日、本学の特別講義で授業をしていただいた日銀の正願高松支店長も参加されていた。大学での講義は初めてで、寝ている学生が沢山いたのには参ったというお話しを伺い、特別講義の担当委員の一人として恥ずかしいかぎりであった。

  • 11/27 昨日、放送大学の面接授業を担当した(受講生の感想)。1コマ130分の授業を計3コマ。朝10時から夕方6時までの非常にハードなカリキュラムであった。その疲れのためか、今日は早朝から39度の高熱にうなされ、一日寝てすごすはめに。
     ようやく熱も引く徴候にあるものの、ちょっと気怠い。今週も随分と仕事が入っているが大丈夫だろうか。先般も出張での無理がたたってやはり高熱が出て医者に行ったことがあった。その時、医者から「もう若くないんだから無理はききませんよ」と言われたことを思い出す。

  • 11/20 次女の8歳の誕生日。彼女が生まれた時に買ったデジカメ(81万画素で7万円)もとうとうこの春壊れてしまった。買い換えたカメラは、大きさは3分の1で画素数は7倍ちかく。8年の月日を感じさせられる。どおりで自分も年をとったわけだ。

  • 11/11 毎日のように授業が入っているためか一週間が終るのが早い。ちょっと疲労感が漂っている。
     そんな中、3年ゼミが久方ぶりに20時過ぎまでの延長戦となった。ゼミ生の多くが前日夜遅くまで学校に残ってプレゼン資料を作っていたらしく、随分と力作がそろっていたためだ。この調子で最終の報告書まで頑張ってもらいたいものだ。

  • 11/6 3〜4日に横浜へ出向き、インタビューおよび資料収集。4日の夜、友人としこたま呑んだが、翌5日の朝は毎年恒例の宿舎の草刈。二日酔いのまま肉体労働をしたため、体のあちこちが痛い。
     そんなこともあって今日は家から出ずに、家族のビデオをちょっと整理してみた。3年程前まで、子供達の成長の記録には8ミリビデオを使っていた。しかし、8ミリなんて今となっては過去の規格。現有機がまだ生きている間に別のフォーマットに変換しておかなければ折角の記録も見れなくなる。思いついたが吉日で、しこしこと一旦DVにダビングして、その後DVDで保存という作業を半日ほど行なった。
     企業にとってはデファクト・スタンダードとなったものが勝ちということで、新しい規格をめぐる競争が続いている。そして、ライバル社が確立したスタンダードをリセットせんとして、その競争はますます激化し、その寿命がどんどん短くなっている。
     しかしユーザーにとっては単に利便性を高めるだけでなく、息の長い規格であってもらいたい。最低限、過去の規格との上位互換を謳うくらいでないと、ユーザーからの支持を集めることはできないのではないか。なにせ過去の資産をゼロにするのに等しいことであるからだ。それが大胆なイノベーションの結果であるなら諦めがいもあるのだが、しかしどうも小技な改良程度で規格の短命化が進んでいるような気がする。
     時間ばかりを喰う面倒な作業ではからどらず、そう実感させられた一日であった。

  • 11/2 今日から今週一杯、学園祭で授業は休講となったのだが、本日はいろいろと雑務に追われ消耗した。
     学園祭ということで学内は騒がしく、家にまで騒音が響いてきて落着かない。なので、これを機に一泊二日で横浜へ。明日は元全自関係者のインタビューを実施し、夜は上大岡あたりで呑むことになりそうだ。

  • 10/26 今学期は、月曜以外なんやかんやで授業が入っており、落着かない。本日は外部講師を招いての特別講義の教室担当係。その講義全体の責任者をさせられていることもあって気疲れする。とりあえず今日はその一コマだけなので、それをこなして研究モードへと頭を切り換える予定だったのだが…。突然の教室変更や、講義中の学生管理で精神的にまいり、バタンキュー。
     そんな折、たまたま目にしたあるblogで背筋が凍る思いをした。この雑感は、時に酒をあおりながら、自由気ままに書いたり消したりしているが、くれぐれも軽率なことは書かないように気をつけなければと自戒させられた。

  • 10/25 授業終了10分程前に、後ろのドアから堂々と入ってきた学生がいる。こんな遅刻を認めていては、しめしがつかない。そう思い注意すると、悪びれずに「僕はこの授業取っていません」と言って着席している。「だったら教室から出てくれ」、「出ていかなければならないんですか」、「当然だ。君のやっていることは授業妨害だ」。ここまで言ってようやく退席した。
     学級崩壊と言われている昨今の小学生でさえ、授業中の他の教室に入ってはいけない位の分別はつくはずだ。それがたとえ休み時間にズレ込んでいたとしてもだ。あまりの非常識さに腹がたち、授業の最後の10分は冷静さを失なっていた。

  • 10/19 先週末、労働社会学会の大会で茨城の常盤大学へ。聞いた報告は玉石混淆というところか。いや、しかし、そろそろ学会発表しなければと思いはじめている。
     今週初めに研究に関することで結構ありがたい話が二つ飛び込んできた。一つは大田区の町工場視察の案内役の仕事がまわってくるかもしれないことと、もう一つは横浜に全自の資料所有者がいらしゃることが新たに判明し、その方と連絡がとれたこと。後期が始まって、授業漬けの日々が続いている中で、両者とも是非、ものにしたいところである。次次週の学祭あたり日程を算段しなければ。

  • 10/11 実家近くのスポーツ用品店は、「ひやかし客お断わり」、「買わない人、入るべからず」なんて貼り紙をベタベタと入口に貼っている。客を拒絶したような経営スタイルで、私はそれだけで絶対にその店に入りたくないと思っているのだが、それでも食っていけるのであればうらやましいというしかない。
     今日、前期の「学生による授業評価」の結果が渡された。学生時代の通知表を渡された気分のようになる。学生の頃とは違い、成績が悪くても親に怒られることはないが、一旦、数値評価が導入されるとそれが文脈を離れて一人歩きしていくことへの不安はぬぐえない。実際、当初の導入目的であるはずの授業改善とは異なり、今年から教員評価の手段として使われようとしている。何か納得のいかないものを感じる。
     前の大学で転出直前に全学的に実施されたアンケートの結果(私の在籍時では一度だけ実施された)と比べてみた。ほぼ同じような内容のアンケートだったが、前の大学より軒並評価が落ちている。前の大学では50人位のクラスで出席率が半分位であったが、今回の授業は受講生318人(アンケート回答者188人)である。やはり大人数講義というのは不利になるのであろう。今回の講義を取ってくれた理由の最頻値が「空コマをうめるため」だったことを考えると言わずもがなという気にもなる。
     授業改善のみならず、教員評価としてアンケート調査を使うことをごり押ししたのは教育学部から出た前理事だったと聞いている。教育学部は1学年200名程度の学生定員に100名近い教員を擁している。これに対して経済学部は1学年300名に対して50名程度の教員体制だ。これで全学的な教員評価や学部評価を行ったとして、本当に公平といえるのであろうか。経済学部は授業評価の結果が低いとして、虐げられるようなことがないことを祈るしかない。
    ただ、あまりにも不条理な事が続くようなら、実家近くのスポーツ用品店みたいな貼り紙をそのうち教室に貼り出す教員が出てきてもおかしくないような気がしている。

  • 10/10 昨夜、北海道から帰ってきた。多くの研究報告から刺激を受けてきたが、しかし今回は初めて訪れた北海道大学のキャンパスの素晴らしさに何よりも感動した。札幌駅から徒歩10分程の都心にありながらも、緑の美しい広大なキャンパスを誇っていた。会場となった法学部の建物まで随分と歩いたつもりだが、それでもキャンパスマップを見ると正門のあたりをウロウロしただけという感じである。歴史を感じさせる個性的な建物も点在しており、景観にアクセントをつけていた。私の所属している社会政策学会以外にも、多くの学会がこの週末を使って大会を開催していたが、それもむべなるかな。多くの市民や観光客も散策を楽しみ、無料で開放されている附属博物館で大学の沿革や研究成果に触れていた。大学が観光資源となっており、考えさせられるところが大であった。
    北米の大学みたいだったよと、帰宅後家人に話すと、北米なんて行ったことないくせにと突っ込まれてしまった。

  • 10/6 後期の授業が再開。今学期はほぼ毎日授業が入るハードな日程で、少々バテ気味。そんな中、週末には学会出張で北海道へ行く。二週連続で来週は関東。ルーティーンばかりで活動停止になりかねない脳味噌に、存分な刺激を与えてくるつもりだ。

  • 10/2 ゼミ用のサーバーを一新したので、ついでにブログツール(MySQL+PHP+P_BLOG)も導入し、ブログ・サーバーにもしてみた。ただ、この私的雑感をブログに移そうと思っているわけではなく、あくまでゼミ用の告知板として運用していくつもりだ。というのも、ブログへのコンテンツ入力自体は簡単なのだが、ブログの全体のデザインに必要なスタイル・シートやxmlなど最新の技術は見当もつかず、隔靴掻痒の感があるからだ。10年前に独学したhtmlでは到底太刀打ちできそうになく、当分この雑感がblog化されることはないだろう。
     さて、サーバー更新のついでに、これまでのゼミ生用のサーバーの記録を書いていたら、今年のゼミ生で通算10期生となることに気がついた。だから、ブログのサブタイトルは"Challenges for the Next 10 years"としておいた。

  • 9/23 五色台での3年生のゼミ合宿を無事終えて帰宅。夏の調査実習を経験してきたゼミ生たちに、成長を感じることができたのがなによりの収穫。
    ただ今日は連日の呑み会の疲れからダウン。家でブラブラ過す。合宿ボケですね。

  • 9/18 後期の授業開始まであと2週間。今週にはゼミ合宿や特別講義の準備などがひかえており、そろそろ授業モードに頭を切りかえねばということで、先週末にはこの夏休みに執筆していた論文にひとまず決着をつけた。また恩師の退官記念論文集の原稿も提出。こちらは6月末締切で、8月終盤までに第二稿提出だったものの最終稿。編者の方からは強い指導は入らず、微調整程度で済んだのがなによりも助かった。

  • 9/4 週末、工和会(大田区の工業団体の一つ)のビアパーティーと市大時代のゼミ同窓会に出るために、上京。ビアパーティーにはこの10年参加させてもらっているが、例年以上に盛況なビアパーティーに大田区の町工場の底力を改めて認識させられた。
    ゼミの同窓会には20人程が集まり盛り上がった。みんな元気に頑張っているとのことで頼もしいかぎりだ。なお今回の同窓会、大田区でも有名な町工場、安久工機の田中隆専務の特別参加をいただいた。多謝。田中氏の活躍ぶりは、人工心臓開発の現状を紹介したこのビデオでも知ることができます(29分ビデオの23分頃に田中氏登場です。)。

  • 8/30 気分転換に、これまで録画しておいた番組から後期のゼミや授業で使えそうなビデオをDVD-Rに落す作業を実施。我が家にはこの冬買ったDVD-HDDレコーダがあるのだが、こやつのインターフェースは最悪。機能過多のうえに、リモコンのボタンは多すぎ。録画していた番組を編集してDVDに落す作業は、地獄のようなわずらわしさで辟易した。よって、一度きりしかDVDに落したことがない。前にも書いたが「VHSのようなお手軽さ」が懐しい。
     ところが、インターネットを調べると、どうもこの機種は家庭内LANに接続して番組予約ができるだけでなく、パソコン側へ動画ファイルを持ってくることも可能らしい。少数派のMac環境だが、フリーソフトでその接続ソフトも出ているとのこと。Mac側まで動画ファイルをもってこれれば、後はiMovieとiDVDで、パパッとDVDを作成することができる。そう考えて試してみた。
      ところが、甘くなかった。レコーダから持ってきた動画ファイルを、iMovieで編集するためには、別形式のファイルに変換してやらなければならない。これがくせもので、アップルから新たにソフトを購入したり、変換ソフトをダウンロードしたりで大変だった。そして何よりも、このファイル形式の変換時間がけっこうかかる。最初だということでソフトのダウンロードや設定にかかった時間を差し引いても、30分番組をDVDに焼くのには2時間近くかかったような気がする。ただ一度設定さえ済めば、インターフェース的には天国。さて今後はどうするか。
     とりあえずは、CMカットが多々必要な民放番組はMac側で編集、DVD作成。ほとんど編集作業のいらない某国営放送の番組は、マニュアル片手にDVD-HDDレコーダで全て作業。こんな感じですかね。

  • 8/28 8月もあとわずか。夏休みに書き始めた論文も少し手詰り感がでてきた。どうするべ。
    今年は子供たちにあまり思い出を作ってやれなかったことも心残りだし。。。

  • 8/19 8月末だと思っていた大学時代の指導教員の退官記念論文集の最終稿の締切が、明日だということが昨日判明し、現在取り組んでいるテーマから頭を切り換え、急遽作業モードに。幸いなことに編集者からはあまり突込んだ修正要求が出ていなかったので、手直しもわずかで済んだのだが、しかしそれでも丸一日つぶれた。
    明日からは東京へ一泊二日の旅。大学時代の友人や、日産争議関係の方々と久方ぶりに再会する。今から楽しみだ。

  • 8/15 久方ぶりの雨らしい雨。高松砂漠は解消されそうにないが、それでも癒されたような気分になる。
    8月も中旬を過ぎると、夜はすごしやすくなってくる。今日は久方ぶりにクーラーなしで寝れそうだ。研究は少し行き詰まりかけており、悩ましい日々が続いているが。。。

  • 8/7 家人が九州の実家に帰省。一人暮しの生活が始まる。自堕落な生活にならぬよう気をつけねば。

  • 8/4 昨日、ようやく283人分の採点を終らせ、やっと一息つけると思っていたら、今日は朝から改組がらみの緊急会議。書類作りで1日が終る。地方国立大学の夏休みの突入はまだまだ先になりそだ。

  • 7/30 テストの採点と大学院授業の補講で土曜日がつぶれる。テストの採点は過去最高の282人分で、未だ半数に届かず、試練の時を迎えている。
    ところで、例年に増して3年ゼミ生数名が競うように積極的にWebやBlogを更新してくれている。世に我が意を訴えんとするその心意気が、なんともたのもしい。

  • 7/25 昨年の今頃は教育モードから研究モードへと頭の切り替えができていた時期なのだが、今年はまったく駄目。特に今週は雑用や補講が続き、まともに研究時間がとれそうもない。8月に入るまでは完全雑務・教育モードの日々が続く。トホホ。

  • 7/23 昨夜、一泊二日の東京出張から帰宅。
    東京では久方ぶりの大田区の調査。今回は町工場の若手が集まって製品開発や共同受注を行っている「おーing!ニッポン」の方々から話を聞いた。
    以前より面識のあった方々が2年程前にたちあげたこのプロジェクトに、前任校在任中は何度か顔を出し、話を伺ったり、仕事の様子を見せてもらってきた。しかし、昨年の大学の転任により、その後のフォローをできないできた。
    今回、一年以上の間をあけての訪問となったが、皆さん元気そうで、立ち上げ当初の熱気を保っていた。二時間以上に及んだインタビューで、この間の実績、他団体との連携、インターネットを介した新たなプロジェクトなどをしっかり聞かせてもらうことができた。大都市の製造業を取り巻く環境は年々厳しくなっているにもかかわらず、町工場の人たちによる新しい試みが着実に根づいていっている様を知ることができ、刺激を受けてきた。

    インタビューの模様。左から田中氏、佐山氏、土田氏。

  • 7/17 昨日は4年生、3年生(昼、夜間主)合同のゼミの打ち上げ。残念ながら全員参加とはならなかったが、半数位のゼミ生が集まり、夜遅くまで酒を酌み交わした。
    そのためちょっと二日酔い気味。

  • 7/14 授業は来週までだが、事務から教員評価用(1)の授業アンケートの実施依頼がきていたので、一昨日の授業で行った。ついでにこれまで同様の自由記述式の感想も書いてもらった。うれしくなるような感想もあれば、ムッとなるような感想も。
    連れあいが入力してくれたのでアップしておく。因みにGoogleで「人的資源管理論」を検索すると昨年度の感想がトップ10に入ってくる。いったいどういうアルゴリズムで順位を決めているのだろうか。
    (1)敢て自由記述式の感想を書いてもらい、その結果を公開するのは別に露悪趣味があるからではない(多少あるのかもしれないがw)。この学部では随分前から授業評価を導入し、FDが進められてきている。赴任当初は試験問題や教員評価の結果の回覧に随分と驚かされたものだ。こうした下からの積み上げによる授業評価は大切であり、自ら主体的に自己を律していく、学部自治という観点から評価に値するものであったといえよう。
    しかし、今年度から実施される大学共通の授業評価は昨年某理事のごり押しで導入された。各学部間の違いや特性は無視して、その数値のみで教員を評価し、将来的には待遇に格差を付けようとするものである。まさに授業アンケートを「評価のための評価」=教員支配のための道具にしようとしている。評価の目的が授業の改善のためのフィードバックであるということを忘れて、教員を数値管理しようとする狡っ辛いやり方に対しては、現場の声を対置していくことが必要である。授業改善のために我々が知らなければならないのは、数値化され抽象化された評価結果ではなく、学生からの生の声だからである。そんな思いで感想を公開している。

  • 7/9 授業に加えて、学部改組や特別講義の準備等の雑用に追われて、一週間があっという間に過ぎていった。モモじゃないが、時間泥棒がいるようだ。

  • 7/5 7月に入って高松は雨続き。ここ数日で7月の平均降雨量を上回ったとのことである。ひとまず渇水は一段落のようだが、それでも今後についてはまだ予断は許さないそうだ。
     本日、市大時代のゼミ生(現4年生)より、10月に高松へ遊びに来る予定とのうれしいメール。無事就職も決まったとのことで、おめでたい。他方で、嫌な気分にさせられる出来事も。まあ、教育者としてはまだまだ未熟な身。この大学ではいろいろと考えさせられる。

  • 7/2 高松は空梅雨に見舞われていると掲示板や知人へのメールに書きまくっていた。ところが7月に入って大雨の日が続き、とうとう水害にまで見舞われる所まででてきてしまった。娘の小学校では、子どもたちにテルテル坊主を逆に吊り下げさせるという"非道な"雨乞いをやらせていたりしたから、その祟りかとも思ってしまう。
     ところで、本津川の濁流に呑み込まれている工事用重機の映像がニュースで使われていたが、その重機に書かれてある「Kubota」のロゴがしっかりと映し出されていた。どの放送局の映像もそうであった。Kubotaといえば、今アスベスト問題で騒がれている会社だけに、マスコミはわざとそれとわかるような角度から撮った映像を使ったのだろう。さすがに「溺れる犬は石もて打て」ということではないだろうけれど。。。。

  • 6/29 市報の表紙に長女の写真が載った。市役所の見学に行ったときの写真だとのこと。ちょっと写真うつりが悪いのが残念。

  • 6/28 うだるような暑さ。風が吹くも、ドライヤーのような温風。
     大人数授業をもつようになって1年が過ぎた。自分では慣れたつもりでいたが、どうも学生たちはそうでもないようだ。先週ビデオを見せたとき、久しぶりに教室を一周してみた。大教室のうしろのほうひどい状態になっていた。友達と雑談したり、携帯をいじるのがいたかと思うと、携帯音楽プレイヤーを聞いている学生さえいた。それも私が近くに来ようと関係なしだ。
     慣れとは、省力化を意味する。ああでもないこうでもないと肩肘張って動いている状態から、省けるところは省いていき、そして楽に行為できるようになることだ。
     去年は、授業をしながら教室の中を随分と周り、学生への質問も何度か試みたが、それが大人数授業にはなかなかそぐわないと思うようになり、今年の授業では省くようになっていた。そうするなかで、教室の学生たちとの間に距離感が生まれていたのかもしれない。だから少し反省をして、今日はおしゃべりしている学生をみつけると、黙ることにした。いくらクーラーがかかっているとはいえ、怒るといっそう暑くるしくなる。はたして学生たちは、そんなささやかな抗いに気がついてくれただろうか。
     関東もフェーン現象で暑かったと聞く。クーラーのない小さな教室で、汗だくになって授業をしていた頃をふと思いだした。

  • 6/25 昨年は台風続きで水害に見舞われた高松だったが、今年は空梅雨に悩まされている。10年ぶりの大渇水になりそうだということで、たまたま出向いたホームセンターでは大勢の人が貯水用のタンクを買っていた。つられて我が家もタンクとバケツを買う羽目に。でも5リットル程度のタンクじゃ焼け石に水だろうな。

  • 6/12 週末、坂出でゼミ合宿を行った。夏休みの調査に備えて、ネジを巻いておこうとういうのがその主旨で、実質1日半で2冊の本を報告してもらい、かなりハードなシュケジュールとなった。その分、合宿の打ち上げとなる2日目のバーベキューと呑み会では夜遅くまで呑み、語りあかした。

  • 6/4 娘たちの運動会。先月7年半ぶりに買換えたデジカメで写真を撮るも、使い方の要領を得ず随分とピンボケ写真を連発した。デジタル・ズームってやっぱり使えないものなのか。。。
    遠藤公嗣氏より新著『賃金の決め方』(ミネルヴァ書房)を頂く。多謝。

  • 5/21 落胆は諦念に変わりつつあるものの、それでも未だに屈辱感に呵まされている。"Out of the pan into fire"という気分にさせられる。

  • 5/17 41歳となる。だが、まったく惨めな気分を味あわされた日ともなった。

  • 5/6 連休明けの3年ゼミは、3時間を超える持久戦となった。皆さんお疲れさまでした。

  • 5/5 連休後半は家族でドライブで過ごす。一昨日は土器川で魚採り、今日は午後から長尾の牧場「うしおじさん」へ。同牧場のソフトクリームは、ほどよい甘さで、スッとノドに入っていく。変なベタつき感がなく、家族で大満足。パンやらチーズやら買って帰った。

  • 4/30 連休初日の早朝から、家族と両親、弟夫婦家族で高知へ一泊旅行。昨日は龍河洞、のいち動物公園で遊び、今日は室戸岬経由で高松へ向う。途中、宍喰温泉の道の駅に立ち寄り、近くの海岸で水遊び。非常に綺麗な海で、タイド・プールで海老やナマコを取り、子どもたちはおおはしゃぎ。瀬戸内とは全く異なる自然を堪能した。

  • 4/23 ここ数日、ゼミ等で呑みが続く。今日は一年ぶりに高校時代の友人と呑んだ。彼と別れてから学生の大群に遭遇し、声をかけたら言われた一言。「夜まわり先生」w。

  • 4/16 授業開始、教授会、演習開始という怒涛の1週間が無事終った。

  • 4/11 明日から人的資源管理論の授業開始。教員歴は10年の大台にのったが、やはり初回講義の前日は緊張する。

  • 4/10 家族で志度にお花見と潮干狩。小さいながらもあさりが随分ととれた。
    私も寄稿したことのある『勤労よこはま』という横浜市労働情報センターの発行している小さな月刊誌が先月号で廃刊になることを知った。巻頭に市長が廃刊に対する説明を寄せているが、そこに全く廃止に対する説得的な論点はなかった。いつものことだ。

  • 4/7 昨日ゼミの説明会を実施し、本日ゼミの第一次選考を行った。新3年のゼミ生として10人を引き受けることになった。明日は第二次選考があり、これで今年度のゼミ生が確定する。

  • 4/3 今週から本格的に新学期が始動することになる。締切を迎えた原稿を抱えつつ、教育に頭を切りかえていかなければならない。
    昨日、NHKの一般市民参加の新討論番組を観た。テーマは経済的格差の広がりをどう考えるのかについてであった。討論内容は印象論や精神論で拡散し、あまり生産的ではないと感じた。他方、素材として使われたドキュメンタリーが秀逸であった。社会問題を扱う場合には、適切な素材と対立する立場のコメンテーターを数人集めて議論させるという舞台装置で十分だ。
    ところで、この番組に横浜時代にお世話になった大田区工和会の佐山氏と、東京管理職ユニオンの設楽書記長のお二人が一般市民として参加していた。両者ともその業界筋では有名な顔。一般市民というのにはちと無理があるような気がしたのは私だけではないであろう。

  • 3/26 横浜から帰宅した。昨日は市大の卒業式で、今年卒業となった7期生たちに会うために出向いたのだ。卒業祝賀パーティに顔を出し、学生たちと祝杯をかわした。その後も酒を買って学内で呑み、思い出を語った。
    夜は端午会という商学部の教員の親睦会に参加させてもらった。毎年一度パーティーを開いていた会だったが、商学部の消滅とともに解散になり、昨日が最後の端午会ということであった。寂しいかぎりである。
    朝4時に目が覚めてしまったので、早目に帰宅しようと6時頃ホテルをチェックアウト。すると日の出町駅には徹夜で呑んでいたゼミの卒業生がちょうど家路についているところであった。あまりにも偶然に驚くとともに、またの再開を誓った。

  • 3/21 休日であるにもかかわらず教授会。このため市大ゼミ生最後の合宿に参加できず。残念。
    しかたがないので、先日買ったR. ハリスン『ウエッブ夫妻の生涯と時代』(ミネルヴァ書房)を読了。ウェッブ夫妻といえば、いわずとしれた『労働組合の歴史』、『産業民主主制論』の著者であり、フェビアン主義の名とともに知られている。その彼らの半生を描いた伝記だが、階級や才能が異なった二人は絶妙の組み合わせだったというのか、それともパートナーシップという名前に隠された仮面夫婦だったのか。読了後、謎が残った。
    ところで、久方ぶりに当面の研究課題とは離れた本を読んでいて思い出した。前任校ではゼミ生用に毎月一冊本を紹介していたのだが、転任後はさぼっている。メッセージボードに、「是非続けて欲しい」との声もあったのだが、新任という精神的状況と、論文執筆モードでの頭になっているためにサボってきた。そろそろ復活させたいとも思うが、もう少し様子をみさてください。

  • 3/17 昨日は某ホテルで教員組合主催の退職者送別会。今回、定年を迎えられた方々が送り出されていく姿を見て何と幸せな人達なのだろうと思う。私が定年を迎える20年後にははたしてこのような退職の儀式は存続しえているのであろうか。
    昔、ある大手予備校の新年度パーティなるものを聞いたことがある。入試の一段落した頃に開かれるそのパーティには、新年度の雇用契約を結ぶことができた人たちだけが呼ばれる。顔見知りの人を見つけては「どうやら今年もつながりました」、「お互い無事でよかったですね」、「誰々さんの姿を見かけないようですが」等々の会話がかわされているとのことだ。
    我々の業界の近未来であるとすると悪夢でしかない。

  • 3/15 年初には80kgにまで達していた体重を、この一ヶ月半のプチ絶食とウォーキングの併用で73kgにまで減らすことができた。ここ最近は絶食開始当初のような目覚しい減り方はみられなくなり、75kg前後で一進一退が続いていただけに喜びもひとしお。当座は1kg減を中間目標としながら、大目標とする70kgを目指すつもりだ。昼御飯にうどんを食べない日々はまだ続く。

  • 3/13 天気予報の予測通り、昨日今日は寒い冬に戻った。晴れていたにもかかわらず、雪がちらつき、冷たい風も吹きあれた。お堀の亀はどうしたのだろう。

  • 3/8 高松は春めいた陽気な一日となった。長びいた会議の後に、近くの神社のお堀まで散歩した。すると気の早い亀が一匹、もう冬眠から覚めて活動を始めていた。だが天気予報では来週はまた寒くなるとのこと。どうするつもりなんだろう。三寒四温とは、一難去ってまた一難ということか。

  • 3/4 市大時代のゼミ生(7期生)の全員卒業が決まった。一安心。
     ただ彼らの卒業式には状況的に随分と行きづらくなっているような気がする。

  • 2/26 この数年、全自日産分会の研究に携わっている。全自とは全日本自動車産業労働組合の略称である。自動車産業の企業別組合の産別結集をすすめ、その実質化の途上で解散した。今から50年前の話である。
     解散の切っ掛けとなったのが、1953年に日産でおこった大争議である。長期化した争議の中で日産分会が分裂する。第二組合は、組合員が紛争時に分会から借りた生活援助金の返済をストップさせ、分会を財政的に破綻させる作戦に出た。多額の資金を日産分会に融資していた全自は、この余波で解散に追い込まれることになったのである。その解散の背景には、第二組合の労使協調路線に焦ったトヨタやいすゞ分会内の会社派の策動があったと言われている。
     さて当の日産分会だが、会社と第二組合の弾圧に抗いながら少数組合として存続していた。これに業を煮やした会社は「待命」という制度を導入することで日産分会の一掃をはかることを決意した。この「待命」という制度は、適職がないことを理由に自宅待機とし、そのまま仕事がない場合には半年後には自動退職させるというものであった。劇薬とも言える制度の導入に第二組合でさえ表面上は慎重な姿勢を示すが、会社側との協議のなかで「普通人であれば」待命に処せられることはない、「普通人以外とは異常人」のことだとの説明を受け、その導入を認めることとなった。一年後、日産分会の主要幹部には待命が命ぜられ、会社から追放された。この打撃は大きく、それから半年後、分会は解散に追い込まれた。大争議後3年目の夏である。
     横浜にいる時分、この時に追放された方々と知己を得た。とても「異常人」とは思えない紳士・淑女ばかりであった。ただ、彼らは間違ったことには異を唱え、筋をまげることを潔しとしなかった人たちなのである。「サービス残業」に対してもノーをつきつけたという記録も出てきている。「物を言う」が少数派になった彼らのビラのタイトルであった。まさに企業に対して物を言った人達が、「異常人」として排除されたのである。企業社会の黎明期を象徴する出来事だといえよう。
     今日、横浜市大教員組合のホームページを見ると「教員向け説明会」の資料が掲載されており、そこには、「再任の考え方」として「『普通にやっていれば再任する』しくみとする」と書いてあった。そのフレーズに聞き覚えがあり、上のような話を思い出した次第である。50年前と同じことが、企業から大学に場所を変えて繰り返されようとしているのであろうか。

  • 2/25 この文書が大っぴらになって、いろいろな人が読みにくるようになった。ログを取っているのでよくわかる。敵方の関係者も随分と覗いているようで、そこに書かれていることは「嘘」であることにしたい人もいるらしい。
     また私に裏切られたと思っている関係者がいてもおかしくはない。人事や市労連の連中とも愛想よく笑顔で接し、「楽しく」酒を酌みかわしたこともあるからだ。しかし、その笑顔は奴隷の笑顔であり、彼らと人間的な関係にあったからでは決してない。その時、付きあっていただいた方はくれぐれも誤解しないで欲しい。あなた方から情報を取るのが私の仕事であって、それ以上でもそれ以下でもなかったのだ。これ以外に、凌辱されている者が凌辱している連中に対して、どんな意味で笑顔を見せることができようか。
     先日そこに書かれていることは「自己満足的な性格を多分に帯びたもの」だと書いたが、それは凌辱された者の感情が随分と移入されているという意味である。私の経験した事実であり、嘘は交じえていない。実際に起ったことと、それに基づく自分の判断を記しているのであり、当時の親しい人には既に話してきたことでもある。そこに書いてあることが嘘だと言うのであれば、姑息なことなどはせずに、きちんと私に抗議すべきであろう。私は連絡先も公開している。間違いがあれば訂正するのは吝かではないし、実際に訂正している。
     もう一度書く。横浜市大の「改革」は、市長の号令よろしく、小役人たちがアカデミシャン苛めにいそしむ究極の形でのアカデミック・ハラスメントである。地方役人が、大学人から研究の自由を奪い、彼らの雇用をもて遊んでいる。都立大も横浜市大も構造は同じであり、それが地方の公立大学にも広まっている。まさにこれこそ公立大学の悲劇であり、病である。
     現在、横浜市大では、教員から任期付き雇用の同意をとろうと、小役人たちが手練手管をつかっているらしい。「任期付きに同意しないものは、新法人の方針に異を唱えるものだから、それ相応の覚悟をしておけ」というようなことが言われているとも聞いた。市大で呻吟に喘いでいる先生方、絶対に脅しに屈伏しないで欲しい。現在の日本において「期限の定めのない」雇用ほど、辞めさせにくい雇用形態はないからだ。敵前逃亡をした私に言う資格はないが。。。

  • 2/17 これまで余り大っぴらにしてこなかった前任校での経験を記した文書が、突然「全国国公私立大学の事件情報」というブログに取りあげられたためアクセスが急増した(伊豆利彦市大名誉教授佐藤真彦市大教授のホームページ経由で発覚したらしい)。昨日までは少数の知り合いか、あるいは「割愛」などのキーワード検索で引っ掛かった人しか見に来ていなかったので、慌てふためいている。大勢の人に読んでもらうために書いたというよりは、自分の精神的なリハビリをかねて書いたものだということを念頭に置いて読んでもらえればと思う。

  • 2/14 ようやく人的資源管理論の成績が確定する。193名の受験者中Sが9名、Aが39名となった。中間試験の不合格者も随分と頑張ってくれ、特に良い成績をあげた2名にAをつけた。持ち込み不可という厳しい条件のなかでほぼ半分の人がなんとか合格点となり、試みた甲斐があったというものだ。
    受講生へ。個別の成績の問合せには応じていません。通常の成績発表まで待ってください。

  • 2/13 高松帰省後、毎昼食にうどん三玉食べていたのが祟ったのか、この1年で随分と体重が増え、今冬はとうとう80kgにまで達してしまった。万歩計をつけてちんたら歩いていてもラチがあかないと結論し、現在プチ絶食系のダイエット中。朝・昼食を抜いて夕食のみという生活だ。日中の極度の飢餓感を耐えしのいでいる甲斐があってか、この二週間で体重もどうにか70代半ばまで落とすことができた。このままうまくいき、70kgまで落ちたら昼食のうどんだけでも復活させようと思っているが、ここ数日は足踏み状態が続いている。大好きな竹清のうどんを禁欲する日々はまだまだ続きそうだ。
     振り返ると現大学の採用面接からちょうど一年。様々なことが思い出される。

  • 2/11 テストを採点中。答案数が多くて先が見えない。とはいえ、色々なことに気づかされる。例えば、持ち込み可組より持ち込み不可組の答案のほうが読みやすいことである。持ち込み可組は理解しないままメモしてきたことを何でも書き込もうとする傾向があるのに対して、持ち込み不可組は理解していることと理解していないことの差が明確に文章に現われてくる。理解している場合には余分なことも書かれていずに、採点は随分と楽である。来期は持ち込み不可にすべきかとも考えている。
     連れあいが後期の授業の感想をうち込んでくれたのでアップする。板書に誤字・脱字が多々あるという感想が目につくと彼女に指摘された。確かに普段ワープロ書きしかしなくなっているので、授業中に漢字をパッと思い出せず頭が真っ白になったことがなかったわけではないが、しかし書かれる程のことではないと思っている。何故なら基本的に板書することは予めメモを作成しているからだ。
     事実、これまで前任校非常勤先の大学でも感想を書いてもらってきたが、特に誤字脱字のひどさを指摘されたことはない。香大の学生さんが特段漢字が得意だということもなさそうだし、おそらくハロー効果だろう。あるいは春「斗」などのように略字を多用するので、そのことの指摘かと推察している。

  • 2/8 本日人的資源管理論のテストを実施。二つのグループに分け、試験条件を変えてというのは初めての試みでもあり、混乱も予想されたが、どうにか無事に終了。これから採点だが、パッと見たところ持ち込み不可のグループも随分と頑張ってくれているようだ。
     最後の授業で渡した授業の感想用紙も回収したが、回収率20%程度とあまりかんばしくなかった。やっぱり無理してでも授業中に実施すべきであった。ただ今日出してくれた感想は、総じてうれしいことを書いてくれていたのが多くてありがたかった。
     下で書いたマイクの調子悪いことが多いのは、私の声が大きすぎるからではないのかという感想もあった。いや、あの教室を初めて使う前からマイクは壊れていたのだから、それはないよなと苦笑い。

  • 2/4 後期の授業が終了した。当初は前任校でのようにある程度ディスカッションを入れながら、一緒に考えていくという授業を構想していたが、大人数(登録者240名)の授業だとそういうわけにもいかず四苦八苦。教室の設備の悪さにも泣かされた。マイクのトラブルが頻発。学生から「先生は声が大きいのでマイクなしでも通りますよ」と諭されて、大教室でマイクなしの講義となったこともある。その日は大声を出し続けたため、喉がやられた。またビデオを見ている最中にサブモニターが壊れたり、前任者がスクーンを下げたまま帰っていたためホワイトボードの半分が使えないなど散々な目にあった。さらに、半期四単位の授業は初めて。三日おきの授業というリズムになかなか慣れず、毎週追いたてられているように感じた。いろいろあったが、学生からはどのような感想が返ってくるであろうか。忸怩たる思いでいる。
     授業前、中島みゆきの「ファイト!」を聴いていた。そして今も聴いている。前任校の最後の頃、ゼミ生たちとカラオケに行ったときに、歌おうとしたのだが、サビの所しか知らず歌えなかった。そんなことがあったため、ゼミ生のN君が転任の時に馬の餞にとCDをくれていた。そのCDがひょっこり出てきたのである。
     思い出すとちょうど一年前になる。当局や市労連の対処で精神的にはボロボロとなり、酔うとただ自分を勇気づけるために「ファイト!闘う君の唄を闘わない奴等が笑うだろうファイト!冷たい水の中をふるえながらのぼってゆけ 」というサビを叫び続けていた。繰り返しこの歌を聞いていると、前任校での行政マンがアカデミシャンを虐げる不条理な世界がまざまざと思い出されてきた。一人酒をあおりながら、今も闘っている元同僚たちの苦難を想うと目頭が熱くなる。

  • 1/30 衝動的にDVD-HDDレコーダを買って一週間。家庭内LANに接続してネットから楽々番組予約できるのはよいが、普通に録画したり、DVDを見ようとすると設定しなければならないことが多々あり、マニュアル片手に四苦八苦。画質はVHSとは比べものにならないほど良いが、VHSのようなお手軽さが懐しい。
     年末にネット上で注文していたDVD「人間の壁」が届いたので観賞した。原作は石川達三の新聞小説で、1950年代後半人員整理、勤評闘争で揺れる佐賀県の小学校が舞台となっている。出世主義で組合役員をする夫との離婚、生徒の死や、同僚教員への政治的バッシングなどを通して、教師という職業の重さを感じ、教育や職場の民主化を求め、組合活動に足を踏みだす女性教員を描いている。
     さてこの映画で、今は亡き祖母のことを思いだした。この映画は主人公が退職勧奨を受けるところから始まるが、私の祖母も小学校の教員をしており、随分とひどい退職勧奨を受けたらしい。退職を固辞すると、自宅から交通の便の悪い地へ転任させられたという。生前祖母の口から直接聞いたことはなかったのだが、死後遺品を整理していて教育長に宛てた直訴状の写しが出てきた。退職勧奨に対する抗議をせつせつと綴ったその直訴状が書かれた時期は、文面からして私の父(1936年生れ)が就職してまもない頃の話らしく、ほぼこの映画と同時期ということになろう。
     戦中や戦後の混乱期には労働市場に出ていた既婚女性たちが、強制的に労働市場から排除させられていった時代がある。この時期こそ、まがりなりにも男女平等を建前としていた敗戦直後の民主主義的な職場秩序が徐々に掘り崩され、男性中心の企業社会的な職場秩序へと転轍されていった時代ではないのか。この映画は、それが50年代であることを直観させてくれる。
     寡聞にも、小学校教員という職業についての労働研究をしらない。またフェミニズム研究が50年代をどのように捉えているのかもしらない。もしこの時期に学校においてもっぱら女性が排除されていった政治的・経済的プロセスに焦点をあて、そのロジックを明らかにした研究というのがあれば、是非読んでみたい。

  • 1/28 ゼミ生たちの報告書作りで10時まで大学のPCルームで作業。もう一息というところで、なかなか終りとならない辛さを経験した。皆さん御苦労さまでした。

  • 1/18 年明けより、原因不明の腰痛に悩まされている。腰を曲げて物を取るのでさえも苦しい。年賀状で40歳はまだ若輩者なんて言ってみたものの、体は着実にポンコツ化している。中年の哀しさかな。

  • 1/15 正月の食っちゃ寝の生活が祟ったのか、冬休みに体重が激増した。これじゃいかんということで、先日、100円均一の万歩計をやめ、新しい高機能万歩計を導入した。消費カロリーの計算はもちろん、有酸素運動となるような歩行を「しっかり歩行」として認識してくれる賢いやつだ。
    さて、今日はセンター入試。教室内の見回り等で1万歩以上歩いたのだが、なんと「しっかり歩行」は0歩。しかたがないので、試験監督で疲れた体に鞭うって2km程歩いた。そのため現在足腰にシップを貼って明日のために療養中。

  • 1/4 三が日は久し振りに実家での正月となったが、買物と子供たちの相手でつぶれてしまった。来月締切の原稿にそろそろ取りかからなければと思いつつも、ほとんど手をつける間もなかった。明日は教授会を始めとするもろもろの会議で一日がつぶれそうだ。

  • 1/1 新年明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。
    因みに、年賀状中のふくろうの図柄はオリジナル・デザインです。酉年だということでフクロウをデザインしてみました。

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