2012年の日々の雑感
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  • 3/31 京都に引越して5日が経った。家と研究室の荷ほどきはほぼ終ったものの、従前の環境にまではまだまだ時間がかかりそう。くわえて、トラブルが相次ぎ、無駄に忙しくさせられた。おかげ様で、なんとかトラブルは解決しつつあるも徒労感は否めない。
     本日は、立命館大学の辞令交付式と事前オリエンテーションで朝の9時から17時過ぎまで。明日は入学式の後、学部のオリエンテーション。覚悟はしていたが、慌ただしい新学期となりそうだ。

  • 3/23 一昨日、最後の教授会を終え、残す業務は明日の卒業式だけとなったので、昨日、今日と休みをもらって引越しの準備。今日は引越しの第一弾で、ピアノの搬出。雨空のなか業者さんがやってきて手際良く20分ほどで搬出作業が終了した。

    クレーンに連り下げられて空中遊泳。

  • 3/20 このところ2日に1回ペースで呑み会。昨夜はゼミの追いコン。11名全員の卒業が決まっており、夜遅くまで盛り上った。

    1次会でこのノリ。

  • 3/16 今日は現任校での最後の給料日。8年前の前任校の最後の給与明細を引っ張り出して、比較してみた。ほぼ同じだが、額面は現在が数千円だけ高く、手取りは前任校が少し高かった。何とも微妙な数値で、ちょっと苦笑い。

  • 3/14 今日は有休をとって、飼っていたヨシノボリを採った門入の川に返しに行った。長いのは3年以上飼っていたこともあり、後ろ髪を引かれる思いで川に放った。元気でいろよと思いながら、泳いで行く姿を見送った。
     帰りにちょっと寄り道してさぬき市雨滝自然科学館に立ち寄った。小さいながらも香川の化石が充実した科学館で、お気に入りの場所の一つ。世界最古のナマズの化石を発見した森館長より、香川の化石や地質にまつわるお話をいろいろと伺った。森館長直々に対応していただいたのはこれで二度目だが、今回も興味深い話を1時間以上にわたって拝聴させていただいた。館を後にする際には、わざわざ館外まで出てこられ、手まで振って見送っていただき、妻ともども感動した次第。これからも帰省した折には是非立ち寄ってみたい施設である。
     帰宅後、愛車の売却契約を結び、乗れる期間もあと5日ということで、今日のドライブは思い出深いものとなった。


    古巣に戻ったヨシノボリ。

  • 3/8 今日の午後は教務委員会と事務とで卒業判定の確認作業。毎年のことながら、6時間近くを費す大変な作業であった。
     土曜日に行われる安久工機の触図筆ペンのイベントに参加するため、明日からは有休をとって上京。マイル消化の物見遊山のつもりで参加させていただくことを田中社長に伝えたら、ギャラリートークの司会を手伝うよう言われてしまった。どうなることやら。

  • 3/6 研究室の引越しのため、キャビネットに溜った会議関係の資料を取り出す。学内で研究室を引越しした4年前に一度処分しているので、残っているのはここ数年のものに限られる。とはいえ、その後、管理的業務に携わってきたこともあって、隨分な量となっていた。
     思い返せば、改革だ、不祥事だという度に会議が組織され、そこに駆り出された。その時に配られた資料をたんまり貯め込んできたのだ。シュレッダーにかける必要があるが、積み上がったファイル群をみて溜息。このまま持っておけば歴史的資料にもなるのかなと思いつつも、断捨離の決断。今日は1時間程かけて、チューブファイル3冊と、フラットファイル5冊ほどを処分した。

    右は教授会や運営会議の書類、左は全学関係の書類。

  • 3/5 一部の方々には既にお伝えしてきたところではありますが、この4月より立命館大学産業社会学部に転任することになっております。香川大学経済学部での仕事も、残すところあと3週間ということになりました。8年間の香川大学での教育・研究活動を支えてくださった方々に御礼申しあげますとともに、今後とも変らぬお付き合いをお願いしたいと思います。
     なお、転任に伴い香川大学吉田ゼミのホームページ労働クリッピングニュースのURLが変更となるとともに、掲示板が使えなくなります。ブックマークの変更等、御対応のほどよろしく御願いします。

  • 2/26 昨夜は、ゼミ卒業生が送別会を開いてくれた。1次会には現在のゼミ生とあわせて37名が参加してくれた。香川、岡山の近県に在住している人だけでなく、京都、兵庫、広島、熊本からも駆けつけてくれた卒業生もいてうれしい限り。また、ありがたいことに卒業生たちの一言が入ったアルバムなどの記念品や花束を頂いた。2次会から参加してくれた卒業生も多く、午前2時頃まで懐かしい人たちとゼミの思い出を語り明かした。

    一次会。


    最後までいた人たち。

  • 2/23 昨日は企業・社会コースの卒論発表会。教員が司会を担当して、コースの学生による卒論のプレゼンと質疑応答が行われた。卒論発表会がスタートして6年。当初は駄目な報告も多かったが、最近はこの発表会を意識してか、学生たちのプレゼン能力も上ってきていると感じた。発表会後、生協で開催された懇親会ではゼミの枠を越えて交流。また、懇親会後にゼミで琉球御殿に行き2次会。卒業生も参加し夜遅くまで盛り上った。
     さて、閉会式では思いがけず同僚の先生方から花束をいただいた。同僚たちの心遣いに感謝するとともに、この大学で学生たちを直接指導する仕事が、この発表会をもって終了したことに気づかされた(会議等はまだまだ残っているが)。

    同僚の先生方に頂いた花。

  • 2/19 2週間前に転んで以来、体が痛い。最初は2〜3日もすれば治るかなと思っていたが、そうは問屋がおろしてくれなかった。日常生活はなんとかなっているものの、体を起こす時や、寝返りするとズキズキするし、くしゃみをしても痛む。ネットで調べると、どうも肋骨にヒビがはいったようだ。病院に行ってもどうしようもないということで、この間特に何の対処せず、ひたすら安静にということでやってきた。
     安静にというと聞こえはよいが、ただジョギングやウォーキングをさぼっていたというだけである。そのうえ、最近はダイエットについての気持ちが緩んできており、正月頃までは控えてきたお菓子を堰を切ったように食べている。これらが重なって、最近はちょっとリバウンド気味(とは言っても1kg程度だが)。このままではイケないということで、数ヶ月ぶりに紫雲山を攻めてみた。
     今日のルートは、市民病院や墓地を横目に坂道を上り、大きな地蔵のある別れ道で平坦地に入り、峠のトンネル前まで進み、そこからもず坂を下って自宅に戻る総計5kmほどのコース。慣れた道のつもりだったが、2週間さぼったつけは予想以上に大きく、昨夏ウォーキングを始めた頃のきつさを思い出した。
     さて、このルート、もず坂を下っていると、島々が浮かぶ瀬戸内海をバックにした高松の市街地が目に飛び込んでくる。昨夏のウォーキングで随分と見慣れた風景となっていたが、今日は特に青い空と海が映え、なかなか美しかった。冬の澄んだ空気のおかげということもあろうが、この景色もそろそろ見納めと思う気持ちがあったためかもしれない。

  • 2/8 香川大学での最後の講義が終了。ふぅ。。。

    本日も板書しまくりでした。

  • 2/6 3年ゼミ生が心血注いで作成したゼミ共同調査報告書『現代ビジネスパーソンの仕事と生活』が無事完成し、納本された。興味のある方はこちらをご覧ください。

  • 2/5 昨日は長い教授会の後、高校の同期生の呑み会へ。1月3日に行った同窓会の打ち上げと称した呑み会。3軒はしごで呑みすぎて、帰路に転んでしまった。その時は酔っていてさほど痛みを感じなかったが、朝起きると右足は捻挫で肋骨あたりも打ち身で痛い。一日経っても痛みは引かず、明日は朝一で会議だが大丈夫だろうか。

  • 2/1 本日の講義で大学が実施している授業評価アンケートと、独自に行なっている自由回答の講義の感想を書いてもらった。後者を読むと、例年よりも好意的な感想が多いように感じる。講義の開始前に転任することを話したので、はなむけの言葉として書いてくれたのだろう。
     思い返すと、赴任当初は「誤字が多い」、「話が速すぎる」、「板書しすぎ」などと直截で辛辣なことが書かれることもしばしばで、毎回一喜一憂してきた。しかし、今となっては、これを通して香川大学の学生たちに育てられてきたと感じている。褒め上手な学生に励まされて、辛辣な意見も直視することができたからだ。残すところ後一回。はなむけの言葉を裏切らないような講義ができればと思う。

  • 1/29 昨日、大田区の町工場、安久工機の田中隆氏たちが取り組んでいる「触図筆ペン」のモニター試験の模様を、香川県立盲学校で拝見させていただいた。目の不自由な人たちが自分の書いた絵や文字を触って知覚できるようにした筆ペンである。氏が、香川県立盲学校の先生の依頼により、この筆ペンの開発に取り組みはじめて8年近くなるが、今回はその完成品の試験とのことで、奥様や開発仲間たちと来県された。昨年もモニター試験の模様を見学させていただいたが、当時の試作品から大きな改良がなされており、形も随分と変っていた。モニター試験の後、皆さんと呑みに行き、開発秘話を含めた諸々の話で夜遅くまで盛り上った。

  • 1/24 とりあえず『労働年鑑』の原稿を脱稿。ひとまず遅い冬休みの宿題を終えた解放感。一杯やりたいところだが、残念ながら明日は講義。この大学での講義も残すところあと3回となったので、心して臨まねば。

  • 1/12 細川滋前学部長(前副学長)が逝去され、昨夜のお通夜と本日の告別式に参列した。多方面で活躍され、またそのお人柄から多くの人に慕われてきただけあって、式場は溢れかえらんばかりであり、皆悲痛な面持であった。
     細川先生はスポーツマンでかつ頭の切れる方で、私とは真逆ともいうべき人であったが、何かと目をかけていただいてきたように感じている。
     細川先生が学部長のときに学科長としていろいろと仕事を手伝わせていただいた。その後、理事兼副学長として全学に出られた時に学長特別補佐に推挙いただいたが、その職務は実質、学長ではなく細川理事の補佐となった。多いときには隔週ペースで開かれた教育・学生生活機構改革のワーキングチーム、学生の不祥事対策、幸町地区学生担当事務の一元化など、仕事や課題は山積しており、先生はそれらに全力投球で取り組んでおられた。私などは足をひっぱってばかりいたような気がする。
     理事の任期も終りに近づいた昨年の8月23日、私の研究室に突然いらっしゃった。肝炎の治療をしてきたが、最近数値が思わしくなく、医者の新しい治療方針も承服しがたい。別の新しい療法があるのでこれから東京の病院に入院してしばらくは治療に専念する旨を告げられた。そして、先生の代りに、当時起こっていた学生の死亡事故の対応をするよう依頼された。その時はまだお元気そうで、とても入院前という感じはしなかった。そして、これがお話しする最後の機会になるとは夢にだにしなかった。
     先週、会議の後に先生の研究室の前を通ると久方ぶりに電気がついていた。御挨拶しようかとも思ったのだが、転任することになった後ろめたさもあって、ノックするのを躊躇してしまった。後から聞いた話だと、病躯を押して4年生に卒論の指導をしにこられていたとのことだった。あの時、ノックしていればとも思うが。。。
     謹んでご冥福をお祈りいたします。

  • 1/7 新年が明けて1週間。この間、卒業以来初めてとなる高校同期の同窓会というビッグイベントもあったが、その余韻にひたる間もなく会議等の管理運営業務もスタート。そして迎えた、せっかくの3連休だが、特に行事があるわけでもなく、来月締め切りの労働年鑑の原稿に細々と取り組んでいる。

  • 1/2 元旦は実家で過ごし、今日は午後から家族で倉敷のアウトレットモールに出かけた。チボリ公園跡地に昨年末オープンしたばかりで、予想通りのもの凄い混雑。出店しているお店も充実しており、娘たちの後についてあちこち巡った。帰る頃には手に荷物一杯となっていたので、我が家の「買い初め」には好適地であったのであろう。いつもお世話になっているうどん屋、竹清の2号店も隣接するショッピングモールに出店しているとのことで偵察したところ、とても繁盛しているようで、香川県民にとってはうれしい限りであった。

  • 1/1 新年明けましておめでとうございます。昨年のダイエットの甲斐あって、10数年前の体重である60kg台前半で新年を迎えることができました。今年も健康に留意しながら、研究や教育に励むことができればと思っております。何卒、よろしくお願いします。